写生帖 渋の湯


写生帖 十八



1昭和十九年六月三十日 長野縣諏訪郡渋の湯
昭和十九年六月三十日 長野縣諏訪郡渋の湯



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昭和19年夏、建物疎開によって永畝は東京駒込の家から信州へ移ります。
この日付が6月30日となっているので故郷の諏訪へ戻ってきたばかりの頃でしょう。

この絵の「渋の湯」は奥蓼科の渋の湯と思われます。
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