写生帖 梓川上流・ 富士見


1十一月九日 寫
(大正三年)十一月九日 寫




2カスミザ嶽    十一月九日 寫
カスミザ嶽(霞沢岳)  十一月九日 寫



3   十一月九日 寫
十一月九日 寫



4   十一月九日 寫
十一月九日 寫



5   十一月九日 寫
十一月九日 寫



619-22.JPG



7   十一月九日 寫
十一月九日寫




819-24.JPG  9   十一月九日 寫
十一月九日 寫



10乗鞍嶽 大野川附近  十一月十日 寫
乗鞍嶽 大野川附近 十一月十日 寫



11   十一月十日 寫
十一月十日 寫



12   十一月十日 寫
十一月十日 寫



13   十一月十日 寫  大野川
十一月十日 寫  大野川




14   十一月十日 寫  大野川
十一月十日 寫  大野川



15大野川附近ヨリ乗鞍嶽ヲ見ル
大野川附近ヨリ乗鞍嶽ヲ見ル



16富士見附近 十一月十一日寫
富士見附近 十一月十一日寫



17富士見附近 十一月十一日寫
富士見附近 十一月十一日寫




18富士見ヨリ八ケ岳
富士見ヨリ八ケ岳



19十一月十一日 寫
十一月十一日 寫



20   十一月十一日 寫
十一月十一日 寫




2119-41.JPG



上高地の大正池ができたのはこの翌年大正四年の焼岳噴火後ということなので、もしこの時上高地に立ち寄っていたら大正池のできる前の風景を写生していたのではないかと・・・
当時の野麦街道の風景、川沿いの細い道などかなり危なっかしいものだったことがうかがえます。
十日は帰路になり諏訪まで戻っていますが、その前に大野川で何枚も描いています。十一日は富士見で写生したあと夜行で帰ったようです。

→ 霞沢岳
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