写生帖 信州(高遠)


1五月十六日寫 直江津
五月十六日寫 直江津



2六月二十日寫 駒ヶ嶽一帯 彩雲
六月二十日寫 駒ヶ嶽一帯 彩雲



3六月廿二日寫
六月廿二日寫



4高遠公園ヨリ 六月廿二日寫
高遠公園ヨリ 六月廿二日寫



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6六月廿四日朝寫 三峯川 7六月廿四日寫
六月廿四日朝寫 三峯川 六月廿四日寫



8七月六日寫 山田村ヨリ芦沢遠望
七月六日寫 山田村ヨリ芦沢遠望



9於高遠 七月廿三日朝寫
於高遠 七月廿三日朝寫



10八ケ岳麓平野ニ咲ク秋草 八月十三日寫  114-53.JPG
八ケ岳麓平野ニ咲ク秋草 八月十三日寫



12八月十四日寫 高見石ヨリ白駒池
八月十四日寫 高見石ヨリ白駒池



13賽の河原
賽の河原



14栂 八月十四日寫
栂 八月十四日寫



奈良・戸隠の写生帖後半です。京都・奈良の写生は大正4年(永畝29歳)頃らしいのですが、荒木寛畝先生が亡くなったのは4年の6月ということで、その後に描かれたものと思われ、6月下旬から7月にかけて信州方面に長く滞在したようです。高遠は先輩である池上秀畝の出身地でもあることから、その縁で訪れたのでしょうか・・・

「駒ヶ岳 彩雲」の絵は、図録の表紙に使われたものです。

8月は八ケ岳周辺の写生、諏訪に帰省していたのかもしれません。
八ケ岳赤岳の賽の河原だと思うのですが、ゴロゴロした岩石だけかと思ったら、よく見ると人が何人か・・↓

賽の河原




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