写生帖 御嶽登山記


大正元年(1912)の写生帖より


11-0.JPG



1大正元年九月廿一日寫
大正元年九月廿一日寫



2和田峠松林
和田峠松林



3能泉村 校舎
能泉村 校舎



4覚圓峯 能泉村 新勝館ニテ寫 九月廿一日午後二時
覚圓峯 能泉村 新勝館ニテ寫 九月廿一日午後二時



511-19.JPG



6金渓附近
金渓附近



7石門
石門



8覚圓峯及天狗岩ノ遠望
覚圓峯及天狗岩ノ遠望



9金桜神社 雨景
金桜神社 雨景
スタンプの文字は「甲斐國御嶽山 金桜神社参拝 
新道観光 記念 大黒屋旅館」




10御嶽宿屋大黒屋ニテ 天狗岩一帯 九月廿二日朝雨景
御嶽宿屋大黒屋ニテ 天狗岩一帯 九月廿二日朝雨景




11-36-1.JPG


11-36-2.JPG
御嶽登山記

大正元年九月廿一日同行三名(井飯田氏、兄上)甲陽御嶽山へ写生旅行ヲナス 上諏訪六時五分発甲府着八時四十分 
甲府ヨリ和田峠峯マデ約一里ト云フ 此ノ間稲田ハ渇水ノ為穂モ出デズ皆打チ枯レテアハレナリ 田ノ畔ニ手牡丹花トテ手牡丹花火ニ似タルモノ美シク咲キタリ 峠ハ一帯ノ赤松繁茂シ林中ススキ蔦ウルシノ紅葉セシ等美観ナリ 峯ニ茶屋アリ林ノ入口ニ縄張シテ松茸発生ニツキ入ルヲ禁ズトアリ白山ト云フヲ左ニ見テ千代田村ヲ過ギ行クコト一里余ニシテ順次勝境ニ入ル 
渓流松多ク松カサヲ多ク附ス 懸崖ノ松ハ其ノ形異様ナルアリ 皆流ニ望ム岩間ニ山アジサイ萩ススキ盛リナリ 紅葉ハ未ダ早ケレド黄バミタルアリ赤ミヲ帯ビルアリ何トナク初秋ノ感アリ 
河辺ニ横ハル巨石ノ上ニテ握飯牛缶取り出シ腹ヲ肥ヤシ登ルコト一里余ニシテ能泉村ニ出ヅ 校舎アリ新勝館ニテ覚圓峯ヲ前ニ眺メ渋茶ヲススル 金渓ニ出ズレバ覚圓峯天狗岩羅漢山ノ諸壁中空ニ屹立シテ景色迫リ恰モ仙境ニ入レルガ如ク凄然タリ 
石門ヲコグリ昇仙橋ヲ渡レバ仙娥瀧アリ前後絶壁ノ間ニアリ昼猶暗ク巨巌一面ノ蔦カズラ等生茂リテ信ニ深山幽谷ノ状ヲ呈ス コレヨリ左方ヲ逆リテ瀧ノ落口ニ出ヅ凡ソ二丁程ノ間絶壁続キ奇勝見ユルモ之レヨリハ今迄ト一変シ田畑アリ 山姿平凡ニシテ人家凡三十余アリ 何トナク異様ノ感ヲ抱ク 武陵桃源モカカル所ナラン等共ニ語リ合フ ココニテ御嶽迄ノ里程ヲ問ヘバ猶七八丁アリト云フ 余程疲労シタレバ此ノ間長ク覚ユ 程ナク御嶽ニ着ス 大黒屋ト云フニ投宿 
薄暮金桜神社ヘ参詣ス 境内老松森々トシテ石段高ク宮殿壮麗ニシテ左甚五郎作上リ龍下リ龍等有名ナリ 又神楽殿ハ本邦中屈指ノ建物ナリト 宿ハ客少ナク吾等ト外ニ三名ナリ 夜ニ入リテ雨降リ出ス朝トク起キ出ヅレバ雨ナヲ止マズ アマリ激シクモ降ラネバ雨景又面白シト雨具装ヒシテ立ツ キノフト異リ景又云フベカラズ 雨烟幾多トナリ寫シテ金渓ホテルニ一休 覚圓峯ハ雨烟ノ中ニ隠見シ実ニ快感ナリ 
先キニ木曽路ニテ雨景ニ会ヒタルモ斯カル程面白カラズ耶馬渓ハ未ダ知ラネド聞ク所耶馬渓以上ト云フ又耶馬渓ニ勝ル点モアランカ ココニテ昼飯ヲ食シ下山ニ急グ 雨中ヲ犯シテ登山スル人三四ニ会フ 
和田峠ニ出ヅル頃ハ四方一面ノ霧ニテ行ヘヲ失フ程ナリ 峠ヲ下ル頃ハ霧晴レテ甲府市ヲカスカニ望ム 泥濘ヲ犯シテ着セシハ五時ナリキ 米倉支店ニテ夕飯ヲ喫シ六時五分下リ乗車 十時着ス




大正元年(1912)の写生帖は今まで見てきた中で最も初期の物で、上京し荒木寛畝に入門して6年目永畝は26歳でした。
昇仙峡の写生は三十数枚、珍しく登山記という文章があり、読むのが一苦労でしたが・・なんとか書き写してみました。諏訪の実家に帰った際、親戚や兄と一緒に出掛け、また諏訪に戻ったようです。

山梨の昇仙峡は当時まだ「昇仙峡」という名では知られていなくて、「御岳新道(みたけしんどう)」と呼ばれていたそうです。天保5年(1834年)に御岳新道が長田円右衛門らによって開かれて以来多くの画人が訪れ、渓谷美や奇岩が紹介されたそうです。
明治に中央線が開通したとはいえ、登山記にもあるように、当時は徒歩の旅、行きも帰りも・・特に帰りは雨のなか泥まみれで大変だったようです。
永畝が泊まったという大黒屋は今の「民芸茶屋 大黒屋」のことでしょうか・・・



田の畔に美しく咲いていたという「手牡丹花」とは?・・・手牡丹花火は線香花火のことのようなので、それに似た花・・ちょっとわかりませんが、九月下旬といえば今の季節、田の畔に咲く曼珠沙華が思い浮かび、別名を調べたらなんとたくさんあって驚きました。→ヒガンバナ別名
テボタンバナというのはなかったですが、ハナビバナというのがありました。
100年前でも「松茸発生に付き入るを禁ず」というのはなかなか面白いです。


参考にしたサイトです。有り難うございます。
★甲陽館米倉支店の写真→http://kaz794889.exblog.jp/12538147/
★昇仙峡の昔 →http://kaz794889.exblog.jp/i30
★御岳新道とは→http://puchitabi.jp/yamanashi/article/post-148.html 

★金桜神社の左甚五郎作「昇竜降竜」は昭和30年の火災で焼失したそうです。→ 金桜神社
★武陵桃源とは →goo辞書
×

この広告は1年以上新しい記事の投稿がないブログに表示されております。