写生帖 伊那・模写縮図

1 六月三日寫 上伊那高遠 藤沢川
(明治四十五年) 六月三日寫 上伊那高遠 藤沢川


2 蓮華寺
蓮華寺


3 五月三日夕暮 高遠ヨリ天神山 駒ヶ岳ノ連山
五月三日夕暮 高遠ヨリ天神山 駒ヶ岳ノ連山


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荒木寛畝、円山応挙、狩野元信作品の模写や縮図

10 寛畝先生筆 十月四日縮図
寛畝先生筆 十月四日縮図


11 寛畝先生筆 十月四日先生宅ニテ縮図
寛畝先生筆 十月四日先生宅ニテ縮図




12 寛畝先生筆 美術学校蔵品 十月五日縮図
寛畝先生筆 美術学校蔵品 十月五日縮図



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14 元信筆 十月六日縮図
元信筆 十月六日縮図


15 寛畝先生筆 双幅 一月廿四日縮図
寛畝先生筆 双幅 一月廿四日縮図


16 飛雁乃図 圓山応挙筆
飛雁乃図 圓山応挙筆



明治四十五年の写生帖続きです。
★ No.1 渓流で釣り糸を垂れる人、それを写生する人、そこに流れる静寂な時間、無我の境地のような・・

蓮華寺

模写・縮図について
世田谷区立郷土資料館発行の図録より一部掲載させていただきます。

明治末年から大正初期にかけての写生帖を見る限り、当時の永畝は寛畝の読画会に出席し、しばしば師の画を臨模している様子が分かる。例えば、寛畝作品の縮図や、その錦鶏図の羽根一枚一枚の形態、色彩などを丹念に模写した素描を残している。また、当時の読画会の研究会では狩野派や琳派、さらに雪舟などの水墨画なども原画に忠実に模写している。これによってみれば、入門当初の永畝が師寛畝の教えをよく守り、ひたすら基礎技術の習得に務めていたことを疑う余地はない。

             (丸山永畝の人と画業 高杉尚宏)

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