諏訪 昭和二十一年 


昭和二十一年の写生帖三冊の中から

1 昭和廿一年三月廿三日 果樹園の初春手入
昭和廿一年三月廿三日 果樹園の初春手入

2 三月廿四日寫 残雪の守屋山
三月廿四日寫 残雪の守屋山

3 諏訪市ヲ隔テ守屋山 三月廿四日寫 
諏訪市ヲ隔テ守屋山 三月廿四日寫 

4 温泉寺ヨリ諏訪湖畔 三月廿四日寫 
温泉寺ヨリ諏訪湖畔 三月廿四日寫 

5 六斗橋ヨリアルプス連峯 三月廿六日寫
六斗橋ヨリアルプス連峯 三月廿六日寫

6 三ツ又八幡社ヨリ和田峠残雪 三月二十六日寫
三ツ又八幡社ヨリ和田峠残雪 三月二十六日寫

7 昭和廿一年 田圃ヨリ四賀村方面 四月九日寫
昭和廿一年 田圃ヨリ四賀村方面 四月九日寫

8 嶋崎裏ヨリ アルプス方面四月九日寫
嶋崎裏ヨリ アルプス方面四月九日寫

9 田圃耕作 六斗川附近 四月九日寫
田圃耕作 六斗川附近 四月九日寫

10 六斗川ヨリ アルプス連山 四月九日寫
六斗川ヨリ アルプス連山 四月九日寫

11 嶋崎裏附近耕作 四月九日寫
嶋崎裏附近耕作 四月九日寫

12 競馬場辺ヨリ守屋山 四月九日寫
競馬場辺ヨリ守屋山 四月九日寫

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14 四月十五日寫 角間新田ヨリ駒ヶ岳ヲ見ル
四月十五日寫 角間新田ヨリ駒ヶ岳ヲ見ル

15 四月三十日寫 アルプス連山
四月三十日寫 アルプス連山


16 昭和廿一年六月十四日寫 井筒屋
昭和廿一年六月十四日寫 井筒屋


17 六月十九日朝寫 競馬場雨烟
六月十九日朝寫 競馬場雨烟

18 六月十九日朝寫 競馬場雨烟
六月十九日朝寫 競馬場雨烟

19 六月廿一日寫 片倉會舘貴賓館
六月廿一日寫 片倉會舘貴賓館

20 六月廿一日寫 佐原氏二階ヨリ
六月廿一日寫 佐原氏二階ヨリ 湖岸ヲ観ル

21 六月廿七日寫 矢ヶ崎
六月廿七日寫 矢ヶ崎

22 矢ヶ崎
矢ヶ崎

23 昭和廿一年六月廿九日寫 桑原町
昭和廿一年六月廿九日寫 桑原町
全町 角間橋ノ上ヨリ

24 七月一日寫 汽車線路
七月一日寫 汽車線路

25 湖畔付近夕景 七月五日
湖畔付近夕景 七月五日
















No.20 佐原永泉氏のお宅を訪ねた時のものがでてきました。

これについては図録の解説を読み、当時の様子を知ることができました。
以下、野の画人 丸山永畝の写生帖 「丸山永畝の人と画業」より引用させていただきました。

先生(永畝のこと)は諏訪市の桑原町にお一人で疎開して来られて、自炊されながら制作にはげんでおられた。(中略)沢山の色紙や短冊は米や野菜に替り、諏訪一円の殺風景な戦後を飾った。先生のお宅では制作姿は見ることはできなかったが、私の家へお招きすると愛用の筆をご持参になり、こちらで用意した色紙や短冊に何かと話しながら席画をして下さった。四十雀の嘴と雀のそれとはどう違うかなどと、そんな時教えて戴いた。穏やかな物言いの先生だったがシンは大変お強い人のようだった。「萩はどれでも先が枝垂れているとは限らない。霧ヶ峰の萩は天を指している。箒にだってなる」とか「春の花へ秋の鳥を一緒にしちゃあいけない」、「雨覆はこういう格好で・・・(略)」と描きながら諏訪弁で教えて下さった。
(佐原永泉「丸山永畝先生の思い出」『信州諏訪の美術』所収)
   

     
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