(93) 昭和30年  秋色


この写生帖は特に丁寧に仕上げられています。
永畝の写生帖を繰っていると、自然にある種の感興に捉えられる。それは例えば、小鳥の囀り・風のそよぎ・川のせせらぎが聞こえてきたり、山稜の空気の清冽さが感じられてきたり、或いは野に咲く花々の彩が目に浮かび、時にはその匂いさえ漂ってくる、といった不思議な感覚である。
それが幻想や幻覚と異なるのは、五感に訴えるような強い現実感覚(リアリティ)を伴っているからだろう。
結局、永畝が写生に託したことは、「花の美しさ」(概念・分析)を狙うのではなくて「美しい花」そのもの(実体・生命)を表現することにあったといえるだろう。それは永畝が対象を表現するに当って、概念や分析に頼らず、何よりも自らの眼を純化した感性によって対象の本質を捉える、最高最適な手段として「写生」を選びとった、ということでもある。写生画には「他になにもいらない」という永畝の肉声が込められている。素のままの天真爛漫さはそこから来る。世俗の名声から遠く離れたところに身をおいた永畝が、自然へ真向かう時、そこには充足した時間が流れていたであろう。改めて、これを一人の人間の生涯になぞらえてみるならば、そこには意想外に豊穣なる世界が顕ち現われてくるに違いない。

図録より引用させていただきました。 「丸山永畝の人と画業」高杉尚宏



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狛江付近 九月十七日寫

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狛江付近 九月十七日寫

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 九月十八日寫

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九月十八日寫

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九月十八日寫

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九月十八日寫

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九月十八日寫

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九月十八日寫

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杉にからすうり

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檜に樫 九月十九日寫

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九月十九日寫

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檜に・・

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桜にむく鳥

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きびに芋 九月二十日寫

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おかぼ稲に芋 九月二十日寫

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九月二十二日寫

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こうりゃん 芋 九月二十二日寫


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