春の野

昭和十九年以来七年におよんだ疎開生活終え、永畝が東京に戻ったのは昭和二十五年秋のことであった。− 中略 − その翌年正月には、当時まだ農村の面影を色濃く残す東京郊外の狛江村の新居に移った。以後、永畝の写生帖には、狛江、世田谷、多摩川など自宅周辺の風景や農村生活、樹木、花々など自然の風物を主にした画題が増えていく。筆致は以前よりいっそう力強く、奔放さ、ラフさを加える。時には日に二、三十枚もの素描をものにし、これにも積極的に色を加えている。早朝目が覚めると写生に出かけ、昼ごろ帰宅し、午後はそのままスケッチの手直しや著彩する日々を繰り返していたという。これが当時の永畝の日課であった。

図録より引用させていただきました。 「丸山永畝の人と画業」高杉尚宏




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竹林 椿  四月六日寫

2狛江
狛江村付近 四月十三日寫

3狛江
狛江村付近 四月十四日寫

4五月十三日
五月十三日寫

5五月十三日
五月十三日寫

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四月八日寫

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四月八日寫

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四月八日寫

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四月十日寫

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四月十日寫


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成城学園付近桜花 四月十二日寫

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成城学園 四月十二日寫

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田圃のあぜ道に咲く

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八重桜にさらさ木蘭

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多摩川べりに咲く花

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いたどり きじむしろ

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  四月三十日寫

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藤花にもっこく

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多摩川堤

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川の堤 五月十九日寫



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